左官 / 中西 敏明

平成9年認定

昭和18年生 / 神戸市北区在住
勤務先:中西建飾工業

日本建築ならではの火灯窓や土蔵の庇の持ち送り肘木、家紋など高い技術に裏打ちされた多くの作品を世に送り出している。

受賞歴

  • 瑞宝単光章
  • 職業能力開発関係厚生労働大臣表彰

コテ先の技術に終らせぬ手の技術


「左官の親方はツバメだと私達の間では言うんです。」土とワラを自らの唾液でくっつけてみごとな巣を作るツバメに学べということらしい。土を見きわめて壁や蔵を造る。それこそコテ先の技術がモノをいうが、あえて工具を外し手をコテ代わりにつや出しを行うことがある。「玄関まわりの壁など、特に高い装飾性を要求されるここ一番という時に使う文字通りの奥の手ですね。コテでは出せないつやを手で出します。微妙な手のあぶらがいいように働くのでしょうか。」
日本建築ならではの火灯窓や土蔵の庇の持ち送り肘木、家紋など中西さんは高い技術に裏打ちされた多くの作品を世に送り出している。 「建物は消耗品と見る最近の風潮に逆らって、左官の仕事は半永久的に耐えうる作品に仕上げるべきだという姿勢でのぞんでいます。」誰が手がけたということがいつまでも記憶されるだけに、しっかりした仕事をしなければと後進にも言い渡す。


国宝若王寺無動寺の土塀修復工事や西区小河の旧家・井上邸の家紋付土蔵など手間ひまかけて仕上げた作品が北区や西区に誇らしげに建っている。
父の跡を継いでの二代目。「昔は屋根葺きから壁・内装・台所から風呂場まで左官の仕事の幅が広かったんですが、生活様式の西洋化でぐっと仕事のジャンルが狭くなりました。とはいえ左官の仕事はまだまだ必要で、プロが希少価値になっただけに働き甲斐があります。」
昭和54年から検定補佐員をつとめた後、平成3年からは技能検定委員として通産20年近く後進の技術指導にかかわって来た身が、ズバリ言い切る。